ファスナーのきほん|YKKファスニングサポート

商品の豆知識

  • 印刷

ファスナーのきほん

ファスナーの種類や歴史、世界各国での呼び方などをご紹介します。

ファスナーの種類

ファスナーには大きく分けて次の3つの種類があります。

  • エレメントが金属でできている金属ファスナー
  • エレメントがコイル状の樹脂でできている樹脂ファスナー
  • 樹脂製のエレメントがテープに射出成型された“ビスロン”ファスナー

これらはそれぞれの特徴、用途に応じて使い分けられます。

  • 金属ファスナー
    金属ファスナー
  • 樹脂ファスナー
    樹脂ファスナー
  • “ビスロン”ファスナー
    “ビスロン”ファスナー

世界の国々でのファスナーの呼称

スライドファスナー(Slide Fastener)
通常、私たちが呼んでいるファスナーという言葉は、英語ではスライドファスナーと呼ばれ、「滑り式留金具」という意味です。
英国をはじめ広く世界で使用されています。
ジッパー(Zipper)またはジップファスナー(Zip Fastener)
ジップはシューッと非常に早い音を表します。このZipにer(物)をつけてZipperとして最もスピーディーなものを表現しています。
アメリカをはじめ広く世界に通用しています。
チャック(Chack)
チャック(Chack)は、英語のチャック(Chuck)とは関係がなく、きんちゃく(巾着)をもじってできた日本の商標名でした。ファスナーをチャックと呼ぶのは日本だけです。
シェレス・レランパゴス
「稲妻」の意味で、中米諸国で使用されている言葉ですが、一部ではシェレス・デ・クレマレラスと呼ばれているところもあります。
フェルメチュール・ア・グリシェール
フランス語です。
ライスフェアシュルース
ドイツ語です。
キウズーレ・ランポ
イタリア語です。
ラーリェン
中国語で、中国・台湾・香港などで使われています。

ファスナーの歴史

ファスナーの原点「ザ・オリジナル」

ファスナーの原点「ザ・オリジナル」

1891年(明治24年) アメリカ人ホイットコム・ジャドソン氏が靴紐を結ぶ不便さを解決しようと考案したものがファスナーの起源とされています。
1893年(明治26年) それがシカゴの「コロンビア博覧会」に出品され、当時弁護士であったルイス・ウォーカー氏が着目し、彼は考案者のジャドソン氏に製造機械の製作を依頼して「ユニバーサル・ファスナー会社」を設立。
ファスナーの生産が開始されました。
1905年(明治38年) その後改良が加えられ、「ザ・オリジナル」と呼ばれるファスナーがジャドソン氏によって開発され、現在のファスナーの原型となっています。
1917年(大正6年) ウォーカー氏はその後、スウェーデン生まれの技術者ギデオン・サンドバッグ氏と組んで研究を重ね、「ホックレスNo.4」を生産。ブルックリンのある洋服商が腹帯式の財布に応用して成功したのがきっかけで、その後アメリカ海軍の飛行服にも採用されました。
1921年(大正10年) ビー・エフ・グッドリッチ社がオーバーシューズに採用して、「ジッパー」というネーミングを使いました。それ以後アメリカでは「ジッパー」という呼び方が定着しました。
1927年(昭和2年) 日本では昭和の初期、広島県尾道の人がファスナーを作りはじめ、「チャック印」というトレードマークで売り出しました。このファスナーは当時としては丈夫でこわれにくいファスナーであったために、チャックはファスナーの代名詞となり、この呼び名が残っているわけです。
1932年(昭和7年) 手工業的な製法でファスナーが量産されはじめました。
それまで手動エキセン・ハンドポンスなどが用いられていましたが、パープレス、横エキセンなど当時では進歩的な機械が開発され、業界の活況の兆しが見えはじめました。
1934年(昭和9年) この頃から、上海・香港・中南米などに商品が輸出されはじめました。吉田工業株式会社の前身、サンエス商会はこの年の1月に設立されました。
1937年(昭和12年) この頃から、北米・中南米に向けてファスナーが大量に輸出されるようになり、ファスナーはようやく新興産業として、わが国の実業界の脚光を浴びるようになりました。
しかし昭和16年に始まった太平洋戦争以来、一部、軍へのファスナー納入業者を残しほとんどの業者は転・廃業を余儀なくされました。
1946年(昭和21年) 終戦と同時に進駐したアメリカ軍の影響で需要は急激に増大しました。しかし、業界がこうむった戦争の痛手は大きく、その需要にこたえることができなかったうえに、「日本式製法」といわれた手工業の欠点までさらけだしてしまいました。
「ファスナーはこわれやすい」という好ましからざるイメージが作られてしまったのもその当時のことです。
1950年(昭和25年) 吉田工業株式会社がわが国ではじめて自動植付機(チェーンマシン)を輸入、機械化に先鞭をつけました。続いて同社創案のスライダー自動製作機の開発に成功。従来の製法の欠点を解消したばかりでなく、製造工程から生産管理に至るまで一新し、わが国のファスナー業界の革新的な進歩をもたらしました。
1951年(昭和26年) 国産チェーンマシン30台が稼動し、遂に業界無比の近代的工場が完成しました。
1957年(昭和32年) 世界最小のファスナーNo.0及びズボン専用ファスナーの新商品「ミトラ」が発売となり、話題を呼びました。
1958年(昭和33年) “コンシール”(ヒーデンジッパー)が新商品として発売。
1959年(昭和34年) 続いて、“ザグラン”(L型ファスナー)が発売となりました。
1961年(昭和36年) デルリン®ファスナー製作機が31台設置され、デルリン®ファスナー(“ビスロン”)が発売されました。
(デルリン®はデュポン社の登録商標です)
1963年(昭和38年) “エフロン”発売。
1964年(昭和39年) 「コイルファスナー」発売。
1966年(昭和41年) 理想的なエレメント形状の“YZiP”発売。
1971年(昭和46年) ニットテープの「ビユロン」発売。
1975年(昭和50年) 「デルリン®ファスナー」を「“ビスロン”ファスナー」に呼称変更。
1978年(昭和53年) 「漁網用ファスナー」発売。
新型「織込みファスナー(CFW)」発売。
1979年(昭和54年) 「ヒレ付“ビスロン”(VFF)」発売。
「水密気密ファスナー(8YHG)」発売
1980年(昭和55年) 新型「ジグザグファスナー(2SF)」発売。
1981年(昭和56年) 新型「“エフロン”ファスナー(EFR)」発売。
1982年(昭和57年) 「押出ファスナー(45XF)」発売。
1983年(昭和58年) 水密・気密ファスナー「オータイト(現“プロシール”)」発売。
1986年(昭和61年) 簡易気密ファスナー「“アクアブロック”(8CWT)」(コイル2枚重ね)発売。
「サイドオープン型“ビスロン”ファスナー」発売。
1987年(昭和62年) 「バラジップ(現“エクセラ”)」発売。
1988年(昭和63年) 世界一薄く小さいNo.0の織込みファスナー「“ミニファ”(0EF)」発売。
「コイル伸縮ファスナー(5CNF)」発売。
「“ジョイロン”(レールファスナー)」発売。
1989年(平成元年) 「イオンプレーティングジッパー」発売。
“ビスロン”「感温変色ファスナー」発売。
1990年(平成2年) 「“グラフィック”ファスナー」発売。
1992年(平成4年) 「“エバーブライト”(光沢研磨ファスナー)」、「“ビスロン”熱転写ファスナー」、「インジェクション(ダイカストムシファスナー)」発売。
1994年(平成6年) 「マーブルテープファスナー」、蓄光ファスナー「“ルミファイン”」発売。
8月1日より「吉田工業株式会社」より「YKK株式会社」に社名変更。
1995年(平成7年) ファスナー専用潤滑剤スプレータイプ「“ファスナーメイト”」発売。
1997年(平成9年) 鞄用「織込みファスナー(65EY)」発売。
1999年(平成11年) 「透明コイルファスナー(CL)」発売。
2000年(平成12年) 「“グラデーション”ファスナー」発売。

※商品の色、サイズは写真と異なる場合がございます

関連情報
商品カテゴリ一覧

“ ” 内はYKK株式会社の出願・登録商標です。